安さから付加価値型へ IP電話ビジネスを進化させる米企業
90年代後半に鳴り物入りで登場したIP電話(VoIP)。米国でも通信料の安さからCATV事業者を中心に広く普及したが、市場が成熟するなかで、「安売り」に代わるビジネスモデルの模索が活発化してきた。無料インターネット電話最大手のスカイプやグーグルが新サービスで市場拡大を狙う一方、IBMや独シーメンスは企業向けにクラウド・ソリューションを持ち込み始めた。料金の安さでアナログ電話を駆逐してきたIP電話は新たな進化の段階に入ろうとしている。(在米ITジャーナリスト 小池良次)
http://it.nikkei.co.jp/internet/news/index.aspx?n=MMITbo000014052009&landing=Next
■最後の砦、携帯電話にも進出の動き
過去数年、インターネットやデータ専用線を使ったIP電話は、個人や企業の通信コスト削減に貢献してきた。米国では特にCATV事業者がケーブルによるIP電話を放送と抱き合わせることで加入者を増やし、個人ユーザー向けでは「安売りネット電話のビジネスはそろそろ峠を越えた」とも言われる。ただし、それは固定回線系に限った話で、IP電話にはまだ残された聖域がある。それが携帯電話だ。
スカイプは3月末、アップルの「iPhone」用アプリケーションの提供を開始した。携帯電話を使ったネット電話がいよいよ解禁か──とメディアは騒いだが、残念ながらWi-Fi接続での通話のみ。高速化が進む3Gデータ網を使うことはできない。とはいえ、iPhone用スカイプの登場で携帯電話業界には緊張感が広がった。
独Tモバイルは「現在の携帯利用契約では、VoIPサービスは禁止されている。仮にユーザーがスカイプを3Gネットワークで利用した場合、Tモバイルはそのアプリケーションをブロックする権利を持っている」とけん制する。一方、米国ではiPhone用スカイプを契機に、市民団体のFree Pressが3G網でのVoIP解禁を連邦通信委員会に求めるなどの動きが起き、iPhoneの独占販売権をもつAT&Tが対応に苦慮している。
とはいえ、ネット電話は携帯分野を着々と浸食している。携帯端末最大手のノキアは上位機種にスカイプを標準装備しようとしている。現在でも、ノキアなどの高級スマートフォンは携帯キャリアのSIMカードを購入すれば3Gデータ網を使ってスカイプで通話できるようになっている。
携帯電話は3Gになり、音声通話を遙かに超える大きなデータ伝送容量を持つに至った。今は音声とデータを別々に取り扱っているが、次世代の4GではすべてがIPに集約され、区別がなくなる。そうなれば、現在のような高い音声通話料金を携帯ユーザーに納得させるのは難しくなるだろう。アナログ固定電話がネット電話に駆逐されてきた道を、携帯電話も歩むことになるのは間違いない。電話会社に残された道は、ビデオ電話やビデオチャット、リモート録画予約、各種ビデオ視聴など、IPを使ったサービスの高付加価値化、統合化しかない。
■Googleが狙う新しいネット電話ビジネス
携帯プラットフォーム「Android(アンドロイド)」で携帯電話業界を震撼させたグーグルが、いよいよネット電話にも参入しようとしている──と言うと首をかしげる読者も多いだろう。薄利多売のIP電話サービスは、ネット広告ビジネスを追いかけるグーグルには縁遠いからだ。
同社が準備を進めている「Google Voice」は全米での無料通話や低価格の国際通話サービスを提供するが、狙いは通話料収入にはない。このサービスにより電話会社とユーザーの間に割り込み、グーグルのサービスプラットフォームを確立するのが目的なのである。
Google Voiceの大きな特徴は優れた電話管理機能にある。多くの個人ユーザーは現在、自宅や職場、携帯、そしてネット電話といくつもの電話番号を持っている。また、それに伴い、「しつこい電話勧誘はとりたくない」「相手を確認して電話に出たい」「別々の留守番電話をなんどもチェックするのは大変だ」など、不便も増えている。
Google Voiceでは、ユーザーにひとつの電話番号を割り当て、そこにかかってきた電話を自宅や職場、携帯などに転送したり、すべての端末を同時に鳴らしたりといった便利な使い方ができる。また、ウェブメール「Gmail」のアドレス帳と連携することにより、電話をかけてくる人ごとに「どの端末に転送するか」「留守録のアナウンスはどれにするか」といった高度な設定もできる。留守録に入った音声メッセージを自動的にテキストに直し、検索機能を使ってウェブやメールで確認する機能も持つ。
こうした付加価値サービスを「テレフォン・マネジメント・システム」と呼ぶが、グーグルはGmailや「Google Apps」、Android携帯などと連携を強めながら、ネットと電話の両面からユーザーを囲い込もうとしている。もちろん、将来はGoogle Voiceに広告を連動させることになるだろう。Googleは、安さが最大のとりえだったネット電話をユーザーにとって便利で手放せない広告プラットフォームに変えようとしている。
■企業向けはクラウド型で提供
一方、企業向け市場では、いよいよネット電話、ネット会議がクラウド・コンピューティングと結びついてきた。
IBMは1月に企業向け統合通信サービスの「LotusLive」をオンラインで公開した。このLotusLiveには電子メールやドキュメント共有、チャットなどのサービスが並び、なかでも音声とビデオを使ったウェブ会議システムが中核となる。これもVoIPサービスの一種だが、IBMは総合的なコラボレーションツールのなかにVoIPをまとめることで、クラウド型のサービスに仕立てている。オンラインでアプリケーション機能を提供するこうしたクラウドサービスは、中小零細市場を中心に今後増えていくと予想されている。
同様に通信機器大手のシーメンスも統合通信ソフトをクラウドサービスとして準備中だ。同社の「OpenScape」は、アマゾンのクラウド部門であるアマゾン・ウェブ・サービシーズのクラウド・データセンターをベースにサービスを提供していく。アナログ電話を基盤にしたPBX(構内交換機)からIP電話を支えるIP-PBXへと移り変わってきた企業電話システムだが、いよいよハードウエアを離れてソフトウエアだけをクラウドで提供する時代が見え始めている。
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このように米国では安いネット電話競争から高付加価値な統合サービスへとVoIPビジネスが動き始めている。こうしたことはVoIPの通信プロトコルであるSIP(Session Initiation Protocol)が登場したときから予想されてきた。そして数年が経ち、今回紹介したiPhone用スカイプやGoogle Voice、LotusLiveなどの便利な機能が姿を現した。これらのサービスは徐々にユーザーに広がっていくことになるだろう。
インターネットによって切り開かれたSIP通信は、これからいよいよ新時代に入ろうとしている。しかも、それぞれのサービスが電話会社以外から提供されていることも興味深い。消費者には歓迎すべき話だが、電話会社にとっては頭の痛い話だろう。とはいえ、アナログ電話網や厳しい通信規制など巨大な負の資産に封じ込められた大手電話会社も手をこまねいているわけにはいかない。早く手を打たなければ、こうした便利なサービスを提供できなかったツケを支払うことになるからだ。
[2009年5月14日]